【クレスト・ブックス】アンドレイ・クルコフ『ペンギンの憂鬱』を読んだ

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書誌情報

アンドレイ・クルコフ 著

沼野恭子 訳

新潮社

 

作品通し番号*1 10
レビュー番号 2

 

作品紹介


作家のなりそこないヴィクトルは、動物園から引き取ったペンギンのミーシャと暮らしている。存命の著名人の死亡記事〈十字架〉を書き溜める仕事を始めるが、不可解なことに、記事にした人物が次々と命を落とす。不安を募らせるヴィクトルのもとにある少女が転がり込んできて、奇妙な三人生活が始まるが— 。

 


イチオシコメント


この猛暑の夏に、ゾワワとなる肝試し体験したい人はどうぞ!ペンギンとの生活、新聞記者、連続殺人、不安定な情勢、ウェス・アンダーソン映画。一つでも興味を引く要素があったら読もう。なおウェス・アンダーソンは作品とは無関係です。

 

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ネタバレ注意! 読後のひとりごと


購入して読みました。本屋で平積みにされていたので、新刊出てたっけ?と思いつつ。帯をみるとウクライナが舞台、ということでただらなぬ事情を感じて、急いでいたのもありよく見ずに買ったのだけど、よく見たら初版は2004年で、クレスト・ブックス20周年記念冊子掲載の人気ランキングによると第4位だった。不勉強ですみません。

実のところ、ただらなぬ事情で平積みにされていない限り、自分では買わないタイプの本だと思った。帯にミステリアスで不条理な文学とあるけど、正直ミステリアスも不条理も得意ではない。純文学で不条理なのは飲み込めるけど、エンタメとして読むなら何かしらの救いのある物語がいいと思うからかも。

まあいずれにせよ新潮クレスト・ブックスを制覇しようとしているので、いつかは読むことにはなるのだが….。叢書チャレンジのいいところは食わず嫌いを木っ端微塵にしてくれるところですね。

総合的な感想としては、面白かった!にしても、これ、怖い!ウォーキングデッド的な怖さじゃなくて、夏の怪談・肝試し的な怖さ。不意打ちで背筋がゾクっとすること、何度あったか。エアコンの温度設定イカれたかと思った(ちゃんと28度でした)。これは夏読むべき本。冬に読んだらペンギンのミーシャちゃんよろしく重度のインフルになるでしょう。そもそもペンギンは家で飼うことに適した動物なのかわからんが、それもメインの話に絡んでくるので、ただのお飾りではないのが良い。実際臭いんじゃないかとは思いますけどね…。

背筋が冷えていく要素はたくさんあるんだけど、それでいてポップさがあって重苦しくないのがありがたい。中盤あたりで平穏(?)になるところも、読者としては平穏なわけないと知っているから、ままごとのような感じさえある。読みながらずーっと頭の中で映像化してたけど、監督はウェス・アンダーソンね。色味が可愛くてシュールな感じ。ウェス・アンダーソンによる映画化が無理なら、ストップモーションでお願いしたい、粘土とか紙とかの。ティム・バートンだとちょっと暗すぎるかな。それかミックスメディアの作品にしたらすごくしっくりきそう。妄想が広がる!

ペンギンのミーシャの行先が気になる読者が世界中にいるため、 何と続編もあるらしい! が邦訳はされていない。英語は出ているから読もうと思えば読めるが、『ペンギンの憂鬱』の終盤部分が完璧すぎてこの物語は一冊で完結するのがベストに思える。たまに大ヒットした作品をフランチャイズ化する試みで続編・新章誕生といいつつナニコレ感満載の二次創作もどきができることがありますからね…(遠い目)。

ロシア文学って有名どころは暗めのオーラや重厚感を纏っているものが多い気がするけれど、必ずしもそうではないのがこの「新ロシア文学」の「新」たる所以か。いや、当方『カラマーゾフの兄弟』を3巻目(光文社新古典翻訳文庫)で放り出しているので、あまりロシア文学評は頼りにしないでほしい。ちなみにロシア文学繋がりでいうと『「罪と罰」を読まない』(岸本佐知子吉田篤弘三浦しをん吉田浩美文藝春秋】)が面白すぎて思い起こしただけでニヤニヤしている。こういう何でもありの読書会がしたいなぁ。

昨今の情勢から、作者がウクライナ人がポリグロットとして自分を構成する様々な言語を糧に創作していることも意識しながらの読書であった。ウクライナではロシア語書籍が焚書のような事態になっている。それに複雑な眼差しを向ける我々も、自分の住んでいる地域で何かあったときは…日本だって太平洋戦争の時は英語を学ぶことがタブーとなったのだから、他人事ではない。

世界情勢を背後に感じながら読んだので、読書体験が自分の体験や置かれている環境に左右されていることをひしひしと感じて歯痒さもある読書だったが、とりあえず物語が面白かった!それが救い。来世は猫になりたかったけど、ペンギンになってすみだ水族館で昼ドラペンギン生を歩むのも悪くないかもしれない。

 

*1:✳︎ 作品通し番号は2018年に新潮クレスト・ブックス創刊20周年を記念して発行された小冊子掲載の新潮クレスト・ブックス全点カタログの品切れ本(0~番)を除いて算出しています。