【クレスト・ブックス】ジュリー・オオツカ『屋根裏の仏さま』を読んだ

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書誌情報

『屋根裏の仏さま』
ジュリー・オオツカ 著
岩本正恵/小竹由美子 訳

新潮社


作品通し番号*1 71
レビュー番号 1

 

内容紹介


20世紀初頭、一枚の写真を頼りに渡米していった写真花嫁たち。農地で、白人家庭で、日本人街で、苦楽を味わった先に、太平洋戦争が勃発。運命が急降下する。ポエティックに綴る、語られきれなかった歴史。「わたしたち」の声無き声が響き渡る。

 

イチオシポイント


内容紹介をこう書くと、とても真面目な感じになってしまって、手に取らない人も多そうだなと思ってしまう。騙されたと思って読んでみてほしい。テーマはシリアスだけど、リズミカルな文はテーマの壮絶さを飛び越える美しさがあって、音に出して読みたくなる。歴史を語り、残すという人類にとって大事な作業をしている一面と、哀しくなるほどの美しさが共鳴して、どこかエレガントさを感じる一冊。

 

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ネタバレ注意! 読後のひとりごと


後半主語がひっくり返る部分では、「彼らたち」つまり白人が日系人のいなくなった街を語るというのが衝撃だし、文学作品としては華麗なスイッチバックだなと惚れ惚れとしてしまった。オオツカさんには収容所での話や、その後の日系人の行く先についても書いてほしいとつくづく思ってしまうけれど、『屋根裏の仏さま』一本で素晴らしい小説として成立しているわけで、本棚のひとコーナー捧げてしまいたいくらいの存在感がある(もちろん逼迫する本棚事情から現実的には実現不可能だが!)。

 

ちなみにオオツカさんはしばらく日系人テーマでは書かないそうで、『仏さま』の後に出されているのは、The Swimmers(邦訳未刊行)というまさしくスイマーたちの物語。何でも、スイマーたちは個々人で練習をしたりルーティーンがあってそんなに関わり合いがないのだけど、プールの底に割れ目ができて「慰めも休息もない慈悲のない世界に放り出される」、だと?!絶対面白い。これもクレスト・ブックスに仲間入り希望…って、水面下で動いてますよね、きっと、プールだけに。おっと、失礼いたしました。

 

この本の話に戻ると、翻訳がものすごく良かった。あまり翻訳のからくりには詳しくないし、「良い」と思う根拠はつまるところ個人的な好みなのだが、まあとりあえず良い!と思った。あえて言うなら、その裏にある英語を想像させない、日本語としての優雅な流れがあるのかな。小竹さんの翻訳、今まで何読んでもハズレがない。最近読んだ中では『サブリナとコリーナ』もすごく良かったし。解説を読むと、岩本さんが本作翻訳中に志半ばで亡くなって引き継いだとあるので、日本語にする過程も複雑だったと想像できるけれど、そういう事情を察させないレベルの完成度だった。小竹さんといえばアリス・マンローだけど、恐ろしいことにわたくし、マンローはまだ積読状態…。クレスト・ブックスを語るにあたってマンローを読まないとどうもしっくりこないというか、資格がないような気がしますので、早急に取り掛かりたいと思います。

 

*1:✳︎ 作品通し番号は2018年に新潮クレスト・ブックス創刊20周年を記念して発行された小冊子掲載の新潮クレスト・ブックス全点カタログの品切れ本(0~番)を除いて算出しています。